Pace タイトル

一冊の本との出会いから…。

1983年、株式会社TIGERは美容経営の目的で設立致しました。

 

1995年まで、美容店経営の傍ら、静岡朝日テレビ(土曜の朝)『おはよう静岡』の変身コーナー(ヘアー&メイク)を担当しておりました。このコーナーは、ブラウン管を通し、お茶の間でテレビを見ている皆さんへ楽しさと夢を贈るテレビ番組でした。番組の司会者は、『白いブランコ』『まだ君を愛してる』の曲でお馴染みのビリーバンバンの菅原 孝さん。

 

収録のリハーサルが終わり、スタジオの控え室へ戻り、書棚にポンと置かれた一冊の本が目に入りました。何気なくその本を手に取りページを開くと、私が知りたい活性酸素による老化のメカニズムなど・・・・。堅苦しい著書と違い、身体の酸化ストレスとか、抗酸化の話がわかりやすく解説されていた。その本を何度も読み返す内に、もっと知りたい、身近で質問したい。1988年4月24日(月)友人や、テレビ局のご協力で、健康セミナーを開催いたしました。会場は、静岡アソシア・ターミナルホテル。(来場者数187名)



スタジオ
スタジオ

講師はもちろん、『スタジオの片隅に置かれていた一冊の本』の著者、京都大学医学博士丹羽靭負先生。開催された健康セミナーは、すばらしい講演内容で、熱気の中、閉会され、博士へ会場内から大きな拍手と賛辞が送られました。


ご存知の方もいますが、講師の丹羽靭負博士は、有名なアトピー性皮膚炎の臨床医でも知られています。実は、当時6歳の私の長男は、重症アトピー性皮膚炎。汗をかけば痒がり、爪を短く切っておいてもかきむしってしまう。寝ているときは特にひどい! 力いっぱい引っ掻き、下着はいつも血が付いている。

 


京都大学医学博士 丹羽靭負先生

勿論、病院にも連れて行きました。人から海水が良いと聞けば、海に連れて行き、酵素風呂や蒸し風呂が良いと言われれば施設を探し試しました。


この健康セミナーはチャンスと思い、博士に息子の診察をお願いしました。博士は、気持ちよく引き受けてくれた。博士が私の息子を見つめる。私は息子の隣に座り落ち着かない、しばし沈黙・・・博士から私の長男へ、「おい僕ちゃん! これでよーならんかったら、おっちゃんの土佐にある病院来るか?」優しい医者の眼差しだった! その時、博士からすすめられた自然の生薬は、丹羽博士の免疫研究所で開発された[特許抗酸化食品]と[ルイボスティーの抽出エキス]でした。

 

病院から軟膏が送られて6ヶ月、私の息子は完全でないにしろ、はるかに改善した。健康セミナー後、私の美容に関する知識に、新たな風が吹き込むような資料が送られてきました。


開催した丹羽靱負健康セミナーの噂で、保険会社ニッセイ静岡営業部から丹羽博士へセミナーの依頼を受けました。ニッセイ・セミナー『健康を守る日本生命100周年記念講演』が各地で始まる。企業団体からも健康セミナーの依頼を受け開催致しました。

 健康セミナー ニッセイ記念セミナー
平成元年9月17日(月)
静岡文化会館大ホール
来場者約1,000名

丹羽靱負博士の健康セミナーは、周りからは感謝の言葉が多く、私も開催した喜びもありました。会場の設営、関係者の役割分担、来場者の受け入れまではスムーズに流れましたが、丹羽博士は診察などで会場へ遅れる事もしばしば...。勿論、直前に日程変更も多々ありました。私は以前と違う環境で、開催するまで、はらはらドキドキで汗も飛ばすほど緊張の連続でした。

 

そんな心境よりも、私は丹羽博士と出会い、「博士の生き方に共鳴し、感動」で、この道を歩みました。博士から直接、博士自身の苦い体験。

 

大切な長男を白血病で亡くし、丹羽免疫研究所で弔い合戦のように自然の生薬等の研究などに打ち込み、情熱を傾け、国際学会にも臨床発表されております。私も同行させて頂きました。

 

そして、博士は自ら健康に励み、実践されている事もお話しされています。

丹羽博士と私
第3回国際ガン学会
オーストラリア・ダーウィンにて

一冊の本との出会いから…。

「丹羽式健康法」と「生活習慣病の予防」に魅せられ、啓蒙活動から健康食品のTIGERは誕生しました。

流行しているだけの素材は扱わない。[素材の質]と[確かな臨床データ]、[開発者の顔]がハッキリ見える製品。細かなところも他社と比較してください。

株式会社TIGERは皆様の健康生活に、少しでもお役に立ちたいと考えています。

お読みいただきましてありがとうございました。

株式会社TIGER
代表取締役 伊東正